第7章 血縁者内の葛藤
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1. 親子間の葛藤
親子間の対立の理論
最も有名なもの
生存する子の数が最大になるように親が子どもに投資するよう進化してきたとするならば、親が現在の子の生存率を上昇させるためにその子の世話をしていると、その行為の代償として、次の繁殖機会を犠牲にしていることになる
親はどこかの時点で子に対する投資を打ち切らなければ、次の繁殖に移れない
最適な離乳の時期については、親の立場と子の立場でずれが生じる
子にとって自分自身の血縁度は$ 1だが、次に生まれてくるきょうだいと自分との間の血縁者は$ r = 0.5(両親とも同じ場合)なので、子は親の自分に対する養育のコストを半分にしか評価しないから
その分、子は親の最適値より多くの(そして長い期間の)投資を要求する
離乳時期を例に取ると、母親が離乳させたい時期よりも遅くまで子は乳を求め、母親が授乳を拒もうとすると子が激しく抵抗する時期があることになる
筆者らはニホンザルやチンパンジーで授乳をめぐる母子間対立を繰り返し観察したが、それを「おっぱい戦争」と呼んでいた 出産期が決まっているニホンザルでは、離乳を早く打ち切れる母親は2年連続して年子を産めるが、離乳が長引くと出産間隔は1年おきになってしまう
ハトもハト乳を分泌して子に与えるが、同様なおっぱい戦争が見られる ヒトにおける妊娠期間中の母子の対立
妊娠初期には、少なからぬ比率(ある調査では最大78%)の受精卵が着床に失敗したり、着床しても早期に自然流産されたりしている
殆どの場合、その原因の大半は胚(胎児)の染色体異常によるものだと言われているが、それらは妊娠していたことに母親が気づかないうちに生じる 胚に深刻な異常があり、生まれたとしても生存できる機会が少なく、母体が生理的にその異常を検知できるのならば、母親似とってはその胚をできるだけ早く流産し、次の丈夫な子を授かるのを待った方が最終的な繁殖の上では有利
正常な胎児に関しても、胎児が母親からどれだけ受け取るかと、母親が胎児にどれだけ与えたいかとの間にはずれがある
ヘイグは、胎児が子宮内で様々な形で母親に抵抗をしている証拠を示した
着床した胚は、まず子宮組織内に食い込む形で胎盤を作り、成長の足場を築く
胎盤ができると、母親は胎盤に通じる動脈を圧縮して胎盤への血流をコントロールすることはできないので、胎児の側から言えば母体の操作を脱する独立の第一歩を達成したことになる
しかし胎児は栄養を母親に完全に依存していることに変わりはない
母親の月経を抑制し、胎児が着床した状態を保てるようにする
この化学信号が送られなければ、母親は自然流産することになる
いったん着床に成功すると、胎児は母親の血液からの栄養補給を促す様々な化学物質を引き続き分泌する
胎盤以外の血管を収縮させ、血圧を上昇させて、多くの血液が胎盤に流れ込むようにさせる物質や、母親の血糖値を上昇させるような物質などがある
母親の方も、別の物質を分泌することによって胎児の化学的要求に対抗するが、胎児もさらに別の物質を作るというように、両者の間には進化的な「軍拡競争」が起きている 時には母体に深刻な影響が生じることがある
高血圧がこうじると子癪という非常に危険な痙攣が起きる 通常は、出産まで膠着状態が続く
化学物質の産出競争で、胎児が物質を生産しなければ、母親は流産してしまう可能性が高くなるので、胎児としては要求をやめるわけにはいかない
ラットやある種のサルでは、妊娠中の雌が新しいオスに出会うと流産する現象が知られている 適応的意義は、新しいオスによる子殺しに先手を打つことだと考えられる メスにとっては損失を少なくするという意味で適応的だが、胎児にしてみれば生命を絶たれるので、進化的には母親の方が胎児を一歩リードしているということになる
親と子の心理戦
ヒトの親子の対立も、離乳期や次の弟妹が誕生した時に一層顕在化する 発達心理学で有名な退行現象も子どもが親から投資を引き出す戦術の一つと考えることができる 親の投資は子どもが無力な幼いときほど利益/コスト比が高いので、親はより幼い子どもが出す信号に対してより敏感に反応する
子どもは親に対して不利だからこそ、親が与える以上の投資を引き出せる心理操作能力を持つように淘汰が働いたと考えられる
子にとって有利な要因は、子どもが本当に必要とする投資量は子どもが発する信号を手がかりにせざるをえないということ
ここで注意すべき点は、赤ちゃんが信号を操作しているにしても、それが意図的なものだと考える必要はないということ
カッコウの雛が養い親の信号系を操作しているのに意図的な認知能力を駆使しているわけではないのと同じく、赤ちゃんの鳴き声や微笑みも進化的な産物
ヒトの赤ちゃんほど大声で泣く霊長類は他に居ない
近縁なチンパンジーの赤ちゃんは生まれてしばらくの間だけ、コ・コ・コ・コと小さな要求の音声を発声するが喚くことはしない 野生状態であのような大声で泣き声をあげることは、捕食者に自分の居場所をわざわざ教えているようなもの
実際、トリの雛の要求のさえずりはヘビなどの外敵をひきつける
捕食者に自分の位置や存在を知られたくない親にとっては、一刻も早く要求を満たしてやって泣き声をやめさせるということになる
もう少し年長の子どもになると、言葉でさかんに物や小遣いをねだってくる
どこまでが真の必要分で、どこからが過剰な分かを見分けることはなかなか困難
逆に、子どもから訴えてこなければ、親は子への気遣いのために非常に大きな労力を要する
子どもが発する信号は多くの場合水増し分を含んでいるが、信号を通じて親も利益を得ている
子の側にしても、むやみに要求することが適応的ではない
トリヴァースは、子どもは他者の心を読むのに敏感で、適応論的に言えば、とくに親の行為の利益とコストを評価できるはずだと論じている 実際、親子の微妙な駆け引きこそが、人間の対人認知能力を高めた原点ではないかとさえ思える
子どもが合理的な基準で計算しているわけではないが、子は親の表情や態度を通じて親の状態をモニタリングしていることは大いにありえる
トリヴァースは、子どものパーソナリティや良心は、親子の対立の場で形成されるとも論じている
妊娠期の母親が胎児との駆け引きを自覚していないように、子育て中の親も多くの場合、子どもとの心理戦を明確に意識していない
たいていは中庸を保っている
しかし、押し問答は常に暴走の危険性をはらんでいる
虐待、過剰な甘えや過度の反抗
これらの不適応行動の背景には親の投資をめぐる親子の葛藤があることを考慮する必要がある
エディプス・コンプレックスの進化的妥当性
2~5歳の男児は、母親似強い性的魅力を感じ、ライバルである父親との間に葛藤が生じると説明され、その影響は男子のの生涯についてまわるとされる
娘は父親に対する愛情をめぐって母親に敵意を抱くと説明される
これらの理論からは、同性の親子間の対立は異性の親子間の対立よりも激しいと予測される
定性的な解釈にとどまり、定量的な証拠は乏しい
子殺しは、まれなケースかもしれないが、もしも同性間の対立が激しければ、それは殺人率にも反映されているはず 結果は、同性間の子殺しと異性間の子殺しの頻度に統計的な差はなかった
デイリーとウィルソンは、父親を殺した成人の息子と母親の年齢差を調べた
エディプス・コンプレックス説に従うならば、息子は性的魅力度が高い若い母親がいるときのほうが、年長の母がいるときよりも父親を殺す確率が高いだろうと予測される
実際には、父親殺しの息子と母親の年齢差は平均より大きかった
筆者らも日本における成人した息子の父親殺しの動機を調べてみたが、息子が母親との性的関係を嫉妬して殺したケースは一例もなく、父親が暴力的であったり、大酒飲みであったり、家族の金を浪費したりというケースがほとんどだった
息子により父親殺しは、たしかに母親殺しよりも多いが、それは母親より父親のほうが息子の人生を踏みにじることが多いからだと考えられる
フロイトの理論では、親子間の対立の原因を異性の親との性的結びつきに求めるが、生物学的見地からすると、近親婚は遺伝病が生じやすくなるのでむしろ非適応的 アメリカの大学生に対して、どれほど異性の親との身体的な接触を許容するかを質問した調査があるが、一緒に風呂に入ることや一緒のベッドで寝ることに対しては「嫌悪する」という回答が圧倒的だった
進化的予測に従えば、たとえ父と息子の間で配偶者をめぐる争いがあったとしても、その対象は母親以外の別の非血縁の女性だろうと予想できる
前章で述べたように、義理の母親や義理の娘との性的関係は、実の親子間の性的関係よりはるかに生じやすいと考えられる
日本における子殺し
前章で殺人が起きるとき血縁者が犠牲になることは相対的に少ないと述べた
筆者らはこの傾向が日本でも当てはまるかどうかを調べたところ、平均血縁度はいずれもデイリーとウィルソン(Daly & Wilson, 1988)の先行報告($ 0.01~$ 0.09)よりも高い値を示した 1955年の日本の殺人に関する780件分の判例資料から求めた推定値$ r = 0.13
1990~94年の警察庁の犯罪統計(3000件以上)から求めた推定値$ r = 0.10
日本では他の文化よりも血縁者を殺すことが多いようだ
1972年のデトロイトと1955年の日本、1990~94年の日本全体における殺害者と被害者の関係を分類
デトロイトでは、被害者は知人、見知らぬ人、家族・親族の順になっていて、血縁者間の殺人は全体の8%程度にすぎない
1955年の東京と1990~94年の日本全体では、血縁者殺人がそれぞれ約40%と約25%を占めている
特に1955年では、血縁者を殺した件数が知人殺しとほぼ同じくらいもあった
日本の家族内殺人率を押し上げているのは子殺し
子殺しの中でももっとも多いのが、母親による嬰児殺し 1974~83年のカナダで嬰児が母親によって殺された率は100万人あたり約24人
1955~85年の日本のそれは、およそ100人
日本の殺人率全体は先進国でも最低レベルにあるのに、嬰児殺しに関しては群を抜いて高い
たとえ、親子の間に潜在的な対立関係があるとはいえ、生まれてきた赤ん坊を殺すことは、適応度を大きく引き下げることになるため、子殺しにはよほどの理由があると考えられる
親と子の間には適応度上の葛藤が存在することは進化的に予測される
特に、ヒトのように複数回の繁殖を行う、寿命の長い生物においては、ある特定の子を犠牲にして次の子に賭けたほうが、親の適応度が上がる場合も考えられる
さらに、ヒトの場合は、子に対する養育投資が大きく、それが子の適応度に大きな影響を与えるので、どのような状況で育てられた子であるかによって、子の適応度に大きな差異が生じると考えられる
親は、現在の子育ての状況が、将来の子育ての可能性に対してどれほどの位置を占めるのかについて敏感になるはず
したがって、これから生まれてくる子の養育に対してどれほどの援助を誰から見込めるかということは、母親がその子の適応度を評価するにあたって重要な要因だと考えられる
養育援助が見込めない子は、子自身の適応度が低くなるとともに、母親自身の将来の適応度をも下げることになる
また、子自身の健康状態、母親自身のそのときの健康状態も、大いに影響を与えるだろう
養育援助が見込めるかどうかは、父親である男性が子に対してどのような態度をとっているか、母親自身の母親をはじめとする親族がどのような態度をとっているか、ある特定の状況で生まれた子に対して、社会がどのような態度をとっているか、などの要因によって影響を受けると考えられる
養育援助が見込めない状況では、母親は、もっとよいチャンスで妊娠した子に望みをたくし、現在の子を捨てる選択をすることもあると考えられる
少なくとも進化的にそのような事態は生じ得る
判例集が整っている1955年まで遡って、殺した母親の動機をより詳しく調べた
四十数年前のデータでは、子殺しの犠牲者の半数以上(52例中29例)が非摘出子だった
殺した母親の動機は「恥ずかしい」「子の父親が逃げた」が大半を占めていた
実子を殺した母親では、「夫が逃げた」「貧困」が主たる動機だった
日本では、望まない子が誕生したときや母親が一人だけで育てられる環境にないときに子を殺すといえそう
忘れてはならないのが、日本における中絶率の高さ
厚生省の統計によると、1970年代以降、100人の出生数に対して35~40%の範囲の胎児が中絶されたと報告されている(1950~60年代はさらに高い値になる)
中絶には高い費用を要するので、中絶できずに出産してしまった場合に、子を殺すというケースが少なくない
なぜこれほど日本で中絶が多いのか
日本では女性が望まない妊娠が多いことが考えられる
ごく最近になるまでピルが認可されていなかったので、女性が主体的に避妊できる術を持っていなかった
子どもや胎児にも人権があるという意識が低いことが、中絶や子殺しを助長している
子殺しの動機を見ると、殆どの場合、子の将来を危惧して犯行におよんでいる
裁判所の判決でも情状酌量がなされ、刑期は比較的短期間で執行猶予がつくケースがほとんど
キリスト教の伝統が強い欧米では、子は親とは独立した人格だとみなされ、無力な子を殺すことにはむしろ厳罰が処せられる
子を道連れにした心中で親が死にきれなかった場合など、欧米では無期刑がつくことがある
子と親の関係をどのように捉えるか、子を作るかどうかに関する男女の意思決定の力学や、非摘出子を容認するかどうかも、文化によって大きく異る
これらは母親が現在の子をどのように評価するかの至近的な要因となるため、これらの要因の相違によって、それぞれの文化での頻度に差異が生じてくるだろう
日本の例は、これらの要因のほとんどすべてが母親に対して悪く作用するような文化的要素を持っている結果、子殺しの頻度が高くなっていることを裏付けている
差別的な親の投資
親が子の性によって投資量を変える現象は、動物界で多くの研究例があり、しばしばこの問題は出生性比の調節と関連付けて論じられる この予測を支持する証拠は、スコットランドのアカシカの調査から得られている 採食条件のよい高順位の母親は、実際、たくさん授乳することによって息子を平均以上に大きく成長させることができる
大きな息子はより多くの子どもを残すことができる
他の哺乳類でもこの理論が成り立つかどうかはまだ確定的なことは言えない
アカシカ以上に大きなオスが交尾を独占できるゾウアザラシでは、上のような関係は追認できなかった 人間社会でも家父長制の強い父系的な社会では、息子は娘よりもはるかに大事に育てられる傾向がある
家に残る息子のほうが親に投資を返還してくれる可能性が多いからだと考えられる
インドの社会では、長い間、女児虐待や女児殺しが大きな問題になってきた
上昇婚(女性が上の社会階層と結婚する制度)が一般的な社会では、最上位階層に生まれた女性は嫁ぎ先が見つからず、親に投資ももたらさない 北インドのラージプートと呼ばれる人々の上流カーストでは66年前、10世代前など、非常に長期間女児を育ってたことがないという家があったという 1834年の人口調査によると、ラージプートのサブカーストのジャレジャの人々では、1歳未満の乳児は男児が1422人に対して、女児はわずか571人に過ぎなかった 宗主国のイギリスは女児殺しを禁止しようとしたが、この習慣はなかなか止まなかった
子の性別を知ることができる出生前診断が普及することによって、インドでは女の胎児中絶率が非常に急上昇したという報告がある
戦前の日本社会における女児差別
中絶や子殺しでなくとも、親が子を選択的に差別する道は色々ある
望ましい子にだけ栄養価の高い食料を与えたり、手厚い医療を施したりすれば、そのような保護を受けずにネグレクトされた子との生存率の差は大きく広がる 半世紀前までの日本では、男児と女児の間には大きな養育差別があったことを示す強い証拠がある
どの年齢でも女性より男性の死亡率が高いというパターンは、多くの現代社会に共通して見られるばかりでなく、ほとんどの哺乳類や鳥類にも共通した現象
一般に男性の免疫系は女性のそれよりも弱いので、どの年齢でも男性の病死率が高くなる さらに青年期の男性は、事故(とくに交通事故)による死亡率が女性よりはるかに高いので、性差が広がる
人口動態統計から年齢別に死亡率の性差(男性死亡率/女性死亡率)を求め、それを年代ごとに分けて描いた
明治後半から戦前までは、2才児から女児の死亡率が男児のそれを上回るようになり、女性の閉経時までずっと女性の死亡率が男性のそれを上回った
約18歳から40歳代前半の女性の死亡率が男性より高かったのは、出産や育児に関連した疾病によるものだと考えられる
実際に、この世代の女性に特徴的な死亡原因は栄養不良だった
しかし、10歳代前半において女児の死亡率が高い理由とは関係ない
1935年の20歳以前の死亡原因を調べてみると、結核が他の要因を大きく引き離していた
明治後半から大正・昭和初期までの間、日本の近代化を支えたのは製糸・紡績業であり、それらの工場には10代の少女たちが女工として働いていた
女工の労働時間は12時間を超え、狭い宿舎に大勢が詰め込まれたために、結核が流行った
しかし、問題は女工に行くよりも前、2歳のころから、女児死亡率が男児のそれを上回っていること
5歳から9歳という年齢層においても、結核、栄養失調、呼吸器、消化器病による死亡率は女児が男児を上回っている
このことは女工労働とは別に、日本では女児が差別的に扱われていたことを示しているだろう
結核の治療には、安静と栄養価の高い食べ物が必要
戦後はこの男女差が消えたが、戦前日本では女児に対するネグレクト(投資の差し控え)が国民レベルで一般的だったと考えられる
「おしん」は女児の苦労の物語であり、日本のみならずアジアの広い地域で人気を博す背景には、現実の女児差別が根強かったことがあると考えられる
2. きょうだい間の葛藤
後生まれは反逆者 ?
きょうだい間には潜在的な競争関係が存在すると予想できる
きょうだいとの平均血縁度($ 0.5)は自分自身の半分にすぎない
きょうだいは同じ環境の中で、親の投資や保護、食料、安全な場所といった様々な資源を分け合わねばならない
親はきょうだい関係にある子どもたちを必ずしも平等に扱わない場合もある
鳥類で報告されるきょうだい殺しの犠牲者は、ほとんどの場合、より小さな若い個体 親の投資が有限であるとき、優位な長子と劣位の弟妹の間には対立関係が存在すると考えられる
ヒトにおいても犠牲者になるのはたいてい年少の弟妹
出生間隔が近すぎるため、子育てできない親が子殺しをするケースでは、たいてい下の子が殺される
伝統社会では、子の死亡率は上の子ほど低く、結婚年齢も上の子のほうが早いと報告されている
サロウェイの主張と予測
親が選択的な養育投資を行えば、子の側も出生順位に応じて親との関係、きょうだい関係に対して戦術的に対応するだろう
努力なしでも親の注目を置く集め、各側面で弟妹より優位に立てる長子は、親や権威に服従し、弟妹に対し抑圧的に振る舞うだろう
一方、後生まれの弟妹たちは、親の注目を引くように積極的に自己主張せねばならず、兄弟の抑圧には宥和や反抗で望むだろう
著書『生まれながらの反逆者』(1996)においてサロウェイは、長子でない、出生順位がうしろの方の子たちが、既成の体制にしばられず、より反逆的に独自の世界を切り開く傾向がある事例を豊富に示した 近代ヨーロッパの科学者たちの研究業績と科学に対する姿勢をデータベース化した
多変量解析の結果、出生順位以外の要因の影響を取り除いた上でも、後生まれの子のほうが長子よりも、革新的な科学理論を受容する傾向が強く、新しい理論を創成する傾向が浮かび上がった
サロウェイの試算によると、19世紀に長子である研究者は出生順位がうしろの方の研究者より年代にして約70年分、新理論の受容について保守的だった
サロウェイは、家族内のダイナミクスや葛藤が、宗教革命やフランス革命、さらに現代の政治思想の受容においても強い影響を与えているとも指摘した
中間生まれの子の家族に対する感情
中間子こそが親からの投資に関して割を喰っていると考えられる
親は長子に多くの投資をするが、最後の末子にも多くの養育援助や保護を与えるはず
親にしてみれば、それ以降の繁殖はないので、末子に対する投資を控える理由はない
サーモンは、カナダの大学生に対して自分にとって「もっとも親密な人」は誰かを自由に回答してもらった
中間子は長子や末子と比較して、親をあげる比率が有意に低いことが示された
特に母親を挙げた比率で見ると、男女とも中間子は大きく落ち込んでいた
筆者も講義を利用して同様の質問をすると、カナダの調査と同様に中間子は長子と末子より「母親」を上げる比率が下がっていた
サーモンは次のような実験をした
実験協力者を集めて、ある社会政策に対する態度を評定してもらい、評定地を揃えて三つの実験群を作る
その社会政策に関する演説の録音テープを協力者に聞いてもらう
この演説テープでは、聴衆に向かって呼びかける言葉を3種類用意する
「よき市民のみなさん(fellow citizen)」
「友人の皆さん(my friend)」
「きょうだいの皆さん(my brother)」
呼びかけの言葉以外は同一
演説の後でもう一度、協力者に政策に対する賛同度を答えてもらった
長子と末子は中間子と比べて、「きょうだい」と呼びかけられた演説を聞いて賛同率を有意に上げたのに対し、中間子は長子と末子と比べて、「友人」という呼びかけの場合に支持率を上げた
「よき市民」という呼びかけ語の影響力は3条件で変わらなかった
サーモンは、家族の家系図や歴史的な財産の管理、家族の記録の管理などを誰が行っているかも調べた
長子だろうと予測されるが、長子ばかりでなく、末子もかなりの割合で関わっていた
中間子は有意に興味もなく、関わりも持っていなかった
これらは、親の選択的投資が長子と末子に多くいく結果、子の側もそのことを敏感に察知し、中間子は自分の身の置き場を家族外のところに求めるだろうという、進化理論に基づいた予測を支持する結果
もちろん、進化理論だけで家族関係がすべて解明されるわけではない
家族社会学者が強調するうように、家族関係は社会を背景に成り立っている 社会や文化は、進化的に形成された心をとりまいている直接の環境であり、心が反応を起こす至近的な要因
人格形成に関しても、性別や遺伝的な気質がパーソナリティの基本部分を形作り、そこに教育や文化や役割などといった後天的な社会環境の要因が加わって百人百様の行動傾向が生まれる、という従来の心理学的見解が揺らぐことはない
家族内の人間関係について、進化的・適応論的アプローチが貢献できる点は、家族内の強力と葛藤を説明する原理を提供するということ